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赤星憲広は身長が低くキレる性格?引退理由は怪我で年棒推移が気になるあなたへ!

投稿日:

元阪神タイガースの盗塁王、赤星憲広さん。

引用元:https://ameblo.jp/alsofromtime4445/entry-122369155...

33歳という若さで惜しまれながら引退しました。

引退理由は怪我だと言われていますが、一体どんな怪我だったんでしょう。

そう言えばよくキレることでも有名でしたね。

そこで今回は赤星憲広さんについて調べることにしました。

小柄と言われる身長の話や年俸の推移についても調べたのでどうぞ最後までお付き合い下さい。

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赤星憲広のプロフィール

・赤星 憲広(あかほし のりひろ)

出身地:愛知県刈谷市
生年月日:1976年4月10日(42歳)
身 長:170cm
体 重:66kg

選手情報

投球・打席:右投左打
ポジション:中堅手
プロ入り:2000年 ドラフト4位
初出場:2001年3月30日
最終出場:2009年9月12日

経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
  
愛知県立大府高等学校
亜細亜大学
JR東日本
阪神タイガース (2001 - 2009)

国際大会

代表チーム:日本
五 輪:2000年、2003年(アジア予選

赤星 憲広(あかほし のりひろ)さんは、愛知県刈谷市出身の元プロ野球選手(外野手)で、現在はタレント、野球評論家、野球解説者として活動しています。

血液型はA型。マネジメント契約はオフィスS.I.Cと結んでいます。

愛知県立大府高等学校時代には1993年の第65回選抜高等学校野球大会に二塁手として出場。

翌1994年の第66回選抜高等学校野球大会には遊撃手として出場しています。

高校卒業後は亜細亜大学に進学。東都大学リーグ優勝に貢献したものの、卒業後プロ野球から声はかからず、JR東日本に入社して社会人野球で野球を続けます。

しかし、JR東日本入社後間もなく2000年シドニーオリンピックの強化指定選手に選ばれ、これがきっかけとなって同年のドラフト会議で阪神タイガースから4位指名を受け、プロ野球選手としてデビューを飾りました。

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身長は低い

赤星憲広さんの身長はプロ野球選手としては小柄な170センチです。

じつはこれがネックとなって、なかなかプロ野球に進むことが出来なかったんです。

赤星憲広さんは高校時代にドラフト候補として名前が上がったことがあります。

ですがスカウトから体の小ささを指摘され、大学か社会人で経験を積んだほうがいいとアドバイスを受けています。

赤星憲広さんはこのアドバイスに従って亜細亜大学に進みますが、大学在学時にはドラフト候補に上がることはありませんでした。

理由はやはり体が小さいということだったので、一時はプロ野球入りを諦めたそうです。

キレる性格?

赤星憲広さんは、2008年9月23日の横浜戦で1-1延長12回裏ツーアウト1塁カウント1-0でのセカンドゴロの場面で、野次にキレてわざとバッターボックスでアウトになり、ベンチに帰るついでに野次ったファンの前に行って喧嘩をしてしまいました。

ですがこれは野次の内容があまりにも酷かったのが原因なんです。

野次の内容は「赤星~!塁に出ないのなら足いらないだろ?お前が車椅子乗っておけ!」と下半身が不自由な方々への配慮が一切無いものでした。

引用元:https://number.bunshun.jp/articles/-/14128

ただ、他にもヒーローインタビュー中に、野次ったファンと喧嘩をすることがあり、これらのことからチームメイトからは「着火マン」と呼ばれていたそうです。

引退理由は怪我

赤星憲広さんは2009年に33歳の若さで引退されました。

赤星憲広さんはファンがとても多かったのですが、この引退はファンを驚かせ悲しませました。

赤星憲広さんの引退理由は怪我によるものでした。

いつ、どのような怪我を負ってしまったのでしょうか。詳しく見ていきたいと思います。

いつ?どんな怪我?

赤星憲広さんは元々肩や腰椎、脊椎を痛めていました。

特に2009年は年初から調子が悪く、オープン戦には肩と腰に痛み止めを打って出場しました。

4月10日の試合後には腰の状態が悪化し、自ら登録抹消を申し出ています。

復帰後も体調の悪化は全身におよび、腰のほか両膝と肩にも痛み止めの注射を打って出場し続けます。

ですが9月12日、甲子園球場で行われた横浜ベイスターズ戦で、内川聖一が打った右中間への飛球にダイビングキャッチを試みたところ、頸椎椎間板ヘルニアが悪化すると同時に中心性脊髄損傷を負ってしまいます。

負傷直後は手足が動かなくなったほどの重症で、赤星憲広さんはトレーナーに背負われてグラウンドから退場し、救急車で西宮市内の病院へ搬送されました。

引用元:https://no-05.com/tigers-akahoshi/

赤星憲広さんは復帰を目指してリハビリに取り組みましたが、球団側からの引退勧告を受け入れ引退することになりました。

現在は健康?

赤星憲広さんによると現在はほぼ回復しているそうですが、日常生活に影響はないものの、右手親指と小指の痺れは残っているそうです。

一時期、医師からは寝たきりになる可能性を指摘されていたことを考えれば、回復して本当に良かったですね。

年棒推移

赤星憲広さんの年俸の推移は以下の通りとなっています。

   年度 (歳)

2000年(24) ドラフト4位 契約金7000万円
2001年(25) 1200万円 
2002年(26) 4000万円 
2003年(27) 3700万円 
2004年(28) 1億円 
2005年(29) 1億3000万円 
2006年(30) 1億8000万円 
2007年(31) 1億6000万円 
2008年(32) 1億8000万円 
2009年(33) 2億5000万円 

合計:11億5900万円(出来高除く)

11億6千万円ですか。さすが盗塁王ですねえ…。

コーチを断った?理由は?

赤星憲広さんは2015年の秋、阪神タイガースの金本知憲監督から、走塁コーチへの就任を打診されたことがあります。

ですが赤星憲広さんは体調が万全でないことを理由に断っています。

金本知憲監督は「守りとか盗塁走塁のスペシャリストですから」と、赤星憲広さんの就任断念を惜しんだそうです。

終わりに

いかがでしたでしょうか。

怪我での引退は残念でしたが、かなりの重症を負っていたんですね。

軽い後遺症は残っているようですが回復されてよかったです。

これからも楽しい野球解説やタレントとして活躍し続けてほしいですね。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

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