98歳になる今でも作家や尼僧としての活動を続けている瀬戸内寂聴さん。
数々の名言を残していますが「くず」と言われてしまうこともあるようです。
そこで今回は瀬戸内寂聴さんについて調査しまとめました。
その経歴や「くず」と言われる理由。そして名言についてもご紹介します。
どうぞ最後までお読み下さい。
スポンサーリンク
Contents
瀬戸内寂聴ってくず?
ネットで瀬戸内寂聴さんのことを検索していると「くず」というワードが上がってきます。
一体どういうことなんでしょうか。
瀬戸内寂聴さんは温和でご高齢の尼僧なのに不思議ですね。
そこでなぜそう言われるのか理由を探ってみました。
すると「くず」と言われても仕方がないのかなと思われる「行為」が浮かんできました。
どういうことなのか次にご紹介しましょう。
なぜそういわれるのか?
瀬戸内寂聴さんは東京女子大学在学中の1943年に、21歳で見合い結婚して翌年に女の子を出産しています。
その後夫の任地北京に同行し1946年に帰国しました。
問題はこの後です。
帰国した瀬戸内寂聴さんは夫の教え子と不倫関係になり、夫と3歳の娘を棄てて京都で生活を始めてしまいます。
そして1950年に正式に離婚しました。
その後も既婚者である作家との不倫や、東京で妻子ある男性と不倫しながら、京都の男とも付き合い、それをネタに小説を書くなど、性に対して奔放だったことから、時に「くず」と言われてしまうようです。
プロフィール
この瀬戸内寂聴好き pic.twitter.com/LknCEGbRkP
— てくねちお (@Teknecika) September 16, 2020
・瀬戸内寂聴
ペンネーム:三谷 晴美
誕 生:1922年5月15日(98歳)
出身地:徳島県徳島市塀裏町
職 業:小説家
最終学歴:東京女子大学国語専攻部
活動期間:1956年 -
代表作:『花芯』(1958年) 『夏の終り』(1962年) 『かの子撩乱』(1962-64年) 『美は乱調にあり』(1965年)
『遠い声』(1968年) 『花に問え』(1992年) 『場所』(2001年)
主な受賞歴:新潮同人雑誌賞(1956年) 田村俊子賞(1961年) 女流文学賞(1963年) 谷崎潤一郎賞(1992年)
芸術選奨(1996年) 野間文芸賞(2001年) 文化勲章(2006年) 泉鏡花文学賞(2011年) 朝日賞(2018年)
デビュー作:『痛い靴』(1956年)
瀬戸内 寂聴(せとうち じゃくちょう)さんは小説家で天台宗の尼僧です。
俗名晴美。
京都府在住で僧位は権大僧正です。
スポンサーリンク
出家した理由
瀬戸内寂聴さんは出家をした理由について自身では次のように語っています。
私が出家を決意した当時、作家としては売れっ子で仕事もお金もあり、贅沢もできました。
だけど、そういうものでは補えない、何か漠とした不安を感じるようになり、こういう生き方は違うんじゃないかと思っていました。
引用元:ニッポン放送 NEWS ONLINE 2019-10-01(https://news.1242.com/article/186123)
しかしそれだけではないという指摘もあります。
3歳の頃に棄てた娘が結婚することを耳にした瀬戸内寂聴さんは、婚礼家具一式を揃えて娘さんに送ります。
ところが娘さんはそれをそのまま送り返してきたそう。
これが出家する理由の一つだと言われています。
じっくり人生を振り返ってみよう
瀬戸内寂聴さんは波乱万丈の半生を送ってきました。
戦争や離婚、許されぬ恋に売れっ子作家として暮らす日々。
そして突然の出家など。
起伏に富んだ人生ですが、出家してからの人生はどんなものなのでしょう。
ちょっと覗いてみましょう。
出家してからの人生
瀬戸内寂聴さんは1973年に今春聴(今東光)大僧正を師僧として、中尊寺にて天台宗で得度、法名を寂聴としました。
この時、瀬戸内寂聴さんは51歳。
以降、47年間尼僧と作家の活動を続けてきたことになります。
尼僧としての活動も熱心で週末には青空説法(天台寺説法)として法話を行っています。
また講演活動にも力を入れていて、「笑うこと」が大切であるということを説いています。
名言集
瀬戸内寂聴さんはこれまで多くの名言を残しています。
いくつかご紹介しましょう。
・人生はいいことも悪いことも連れ立ってやってきます。不幸が続けば不安になり、気が弱くなるのです。でも、そこで運命に負けず勇気を出して、不運や不幸に立ち向かってほしいのです。
・もし、人より素晴らしい世界を見よう、そこにある宝にめぐり逢おうとするなら、どうしたって危険な道、恐い道を歩かねばなりません。そういう道を求めて歩くのが、才能に賭ける人の心構えなのです。
・男女の間では、憎しみは愛の裏返しです。嫉妬もまた愛のバロメーターです。
・恋を得たことのない人は不幸である。それにもまして、恋を失ったことのない人はもっと不幸である。
・人とつきあうのに秘訣があるとすれば、それはまずこちらが相手を好きになってしまうことではないでしょうか。
引用元:名言+Quotes(https://meigen-ijin.com/setouchijakucho/)
まとめ
以上、瀬戸内寂聴さんについて見てきました。
尼僧のイメージしかなかったのですが、若い頃は性に奔放な女性だったんですね。
意外でした。
そして夫と娘を棄てるとは驚きです。
ちなみに娘とは出家した後に和解したそうです。
瀬戸内寂聴さんは今でも作家として活動しています。
これからも新しい本を読ませて欲しいですね。
さて今回はこの辺で。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
スポンサーリンク