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奥川恭伸の性格は中学校時代から変わらない?実家や両親について!

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奥川 恭伸(おくがわ やすのぶ)さんは、石川県かほく市出身のプロ野球選手(投手)です。

右投右打で東京ヤクルトスワローズに所属しています。

2001年4月16日生まれですから19歳になったばかりの若い選手です。

そんな奥川恭伸さんですが中学時代から性格が良くそれは今も変わらないといいます。

なにかエピソードが残っているのでしょうか。

また実家の両親についても知りたいところです。

そこで今回は奥川恭伸さんの性格や両親にスポットを当ててご紹介したいと思います。

どうぞ最後までお付き合いください。

 

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性格は変わらない?

三つ子の魂百までといいますが、幼い頃から人の性格は変わらないものです。

少なくとも人格が形成された小学校高学年からは、変わらないと思っていいでしょう。

人は年齢を重ねると穏やかになるものです。

しかしそれは性格が変わったわけではなく、ただ丸くなるということです。

これには体力の低下から怒ると疲れるといったこともあるでしょう。

それでも基本的な性格は変わるものではありません。

奥川恭伸さんの場合はどうでしょうか。

 

中学校時代

奥川恭伸さんはかほく市立宇ノ気小学校2年生の時に、宇ノ気ブルーサンダーで野球を始めます。

小学校を卒業するとかほく市立宇ノ気中学校に進んでいます。

中学時代には軟式野球部に所属していました。

この頃の奥川恭伸さんは野球では活躍していたのでしょうか。

また性格については何かエピソードはあるのか見てみることにしましょう。

 

野球は

かほく市立宇ノ気中学校の軟式野球部に所属していた奥川恭伸さんですが、中学3年生の時に「第38回全国中学校軟式野球大会」で、見事に優勝しています。

 

中学時代の球速は最速で146km/hでした。

軟球と硬球の違いがあるので単純な比較は危険ですが、ほぼプロ並みの球速といっていいかもしれません。

野球では中学校時代から活躍していたことがわかります。

 

奥川恭伸さんは野球について「試合の流れとか大丈夫な回と危ない雰囲気の回の配分。

ピンチの時にしっかり投げられるように配分を考えてやっていました。

速い球とかすごい変化球とかじゃなくて試合全体を考えて勝てるピッチャーを目指していたんです」と語っています。

とても中学生の言葉とは思えませんね…。

 

性格は

中学時代の野球部の監督である三浦隆則さんは、奥川恭伸さんの性格について「とにかく謙虚な性格」と評しています。

真面目で努力家の側面もあり「全国中学校軟式野球大会」への出場前には、「体重を5㎏増やしてくる」と約束し実際に増やしたそうです。

そのおかげで真夏の5試合を見事に投げ切ったんだとか。

凄いですね。

また仲間思いで礼儀正しいことでも知られています。

なんだか出来杉君の香りがしてきます(笑)。

 

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実家について

奥川恭伸さんの実家は石川県かほく市にありますが、特に何か商売をしているわけではないようです。

かほく市は能登半島の西側の付け根にある人口3万4000人ほどの小さな町です。

この小さな町から2019年、2人のプロ野球選手が誕生しました。

1人は東京ヤクルトスワローズのピッチャー、奥川恭伸さん。

そしてもう1人は奥川恭伸さんと小学校から高校までバッテリーを組んでいた、読売ジャイアンツのキャッチャー、山瀬慎之助さんです。

 

両親について

ここからは奥川恭伸さんの家族について見ていくことにしましょう。

父親はどんな方なのか、母親はどんな方なのか、また兄妹はいるのかどうか調べてみました。

まずは父親から見ましょう。

 

父親は

奥川恭伸さんの父親は奥川隆さんといいます。

2019年7月の時点で53歳です。

じつは金沢市立工業高等学校時代には、野球部で活躍していた方なんです。

そしてバッテリーを組んでいた山瀬慎之助さんの父親も、金沢市立工業高等学校で高校球児でした。

年齢が離れているので一緒にプレーしたことはないようですが、先輩と後輩という間柄なんですね。

ですから2019年春の選抜高等学校野球大会の1回戦「星稜×履正社」戦では、三塁側アルプススタンドで父親2人が並んで応援をしていました。

 

母親は

奥川恭伸さんの母親については何点か画像はあるのですが、職業等については明らかにされていません。

おそらく専業主婦だろうと思われますが、裏を取ることができません。

年齢についても不明なんです。致し方ないですね。

 

その他家族は

奥川恭伸さんには兄が1人います。

名前は圭崇(けいしゅう)さんといい7歳年上だそうです。

奥川恭伸さんが野球を始めたのも、この兄の影響を受けてのことでした。

圭崇さんは現在、消防士をしているそうですが、高校時代は金沢市立工業高等学校野球部で、内野手として活躍していました。

奥川家は野球一家だったんですね。

 

終わりに

以上、東京ヤクルトスワローズの新人ピッチャー、奥川恭伸さんについて見てきました。

新型コロナウイルスがなければ、今頃マウンドで活躍していたでしょう。

2019年のドラフト会議でプロ野球に入った選手たちは本当に気の毒ですね。

開幕さえ危ぶまれる事態になるとは誰も想像していなかったでしょう。

今はウイルスの収束を願うだけです…。

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