男性アスリート

清原和博の高校時代の甲子園と通算成績は?プロ通算成績も気になるあなたへ!

投稿日:

2016年2月に清原和博氏が覚せい剤取り締まり違反で逮捕されて、1年と8か月が経とうとしています。野球ファンとしましてはショッキングな出来事でした。

特に高校野球ではあれだけの活躍・成績を残し、野球に真摯に取り組んでいたことを知っているファンは多いと思います。

大変残念ではありましたが、清原和博氏が高校時代にあるいはプロ野球界に残した記録・記憶まで消してしまう必要はないと思い、今後の清原氏の社会復帰の期待を込めて、高校時代の活躍、特に甲子園大会での通算成績、そしてプロでの通算成績をもう一度思い起こそうと思いまして、今回そのあたりを探ってみました。

スポンサーリンク

清原和博の高校時代の甲子園と通算成績は?

甲子園の成績

清原和博選手はPL学園高校に入ってすぐの夏の甲子園大会から4番バッターとして活躍します。大阪の野球名門校でレギュラーになるのも大変なのですが、高校に入学して3か月経ったころ大阪府の予選が始まるのですから、いきなり4番ですから、もう驚くしかないですね。

引用元:http://lowch.com/archives/2910

実は清原選手は30校くらいの高校からスカウトされ、奈良県の野球名門高校・天理高校かPL学園高校か迷ったとのことでした。母親が奈良県出身で最初は天理高校へ行くつもりだったのが、後悔しないように両方の練習を見に行って、進路がPL学園に変わったのでした。

天理高校は部員が100名くらいいて、1年生は球拾いなどが中心でした。一方PL学園は少数精鋭であったため、あまり学年によって練習が振り分けられずにいました。PLの方が早くからチャンスがあるかもしれない。

そう思った清原選手はPL学園を選んだのでした。

もしPLを選んでいなかったとしたら、あの桑田真澄投手とのKKコンビも誕生しなかったかもしれませんし、甲子園大会5回連続出場もなく、甲子園通算13本塁打という偉業も無し得なかったかもしれません。

ƒ引用元:http://koibana.biz/kuwatamasumi-taidan/

この1年生になったばかりの甲子園夏の大会で決勝で横浜商業高校に3-0で勝って、見事優勝します。その大会は23打数7安打、打率、304・打点5・本塁打1の好成績であった。4番としてチームを優勝に導きました。

2年生の春のセンバツ大会では決勝で東京の岩倉高校に0-1で負け、準優勝でしたが、17打数8安打、打率、471・打点8・本塁打3本の好成績でした。

2年生の夏の大会では決勝で茨城県の取手二校に4-8で負け、準優勝でしたが、21打数10安打、打率0,476・打点7・本塁打3本の好成績でした。

3年生の春のセンバツ大会では準決勝で高知県の伊野商業に1-3で負け、ベスト4でしたが、14打数5安打、打率0,357・打点1・本塁打1という成績でした。

普通なら好成績といっても良いところですが、清原選手は試合後に悔し涙を流し、学校に戻ってから深夜の練習場で一人黙々と素振りを繰り返し、練習をしたそうです。当時のPL学園高校中村順司監督が「清原エピソード」として語っています。

天才と呼ばれていたのですが、蔭ではひと一倍練習した、努力家だったのですね。

そして高校生最後の夏の大会では見事決勝で山口県の宇部商業に4-3で勝ち、優勝します。この大会は16打数10安打、打率はなんと0、626・打点は8・本塁打5という素晴らしい成績でした。

特に最後の大会はマークも厳しく24打席の中で8つ四死球があります。つまりほとんど甘い球が来なかったのではないでしょうか。ほんの少しの甘い球は逃さずに、打率は0,626で、出塁率となると0,750です。4回に3回は出塁していることになります。チームへの貢献は大きいものです。

引用元:http://blog.goo.ne.jp/adragonisflying12345/e/d601e...

春の大会での悔しさを晴らした、高校生最後に有終の美を飾ることが出来ました。

高校通算成績

このように高校に入学した1年生から最後の3年生の夏の大会まで、連続5回甲子園大会に出場できました。もうこれは奇跡に近いことで、清原選手の存在がこのような結果をもたらすことが出来たのですが、もう一人桑田真澄投手の存在を忘れることは出来ません。

このような2人が一緒のチームになったことが奇跡だと思うのですが、先ほども言いましたが、もし清原選手が天理高校に行っていたらこのような奇跡は起きなかったのではないでしょうか。

清原選手だけの力でも桑田投手のだけの力でも甲子園5大会連続出場は難しかったと思います。2人が揃ったことでこのようなことが実現できたのではないでしょうか。

そのことを考えると清原和博選手の甲子園大会・高校通算大記録である本塁打13本はもう今後抜くことは出来ないでしょう。5大会連続で甲子園に出場することは、高校としては不可能だと思います。

通算成績は91打数40安打、打率0,440・打点は29・本塁打は13本です。

高校での公式戦通算本塁打は64本です。

 

スポンサーリンク

プロ通算成績

このような素晴らしい成績を高校野球で上げた清原和博選手ですが、プロ野球界が放っておくわけがなく、高校卒業の10月には6球団からドラフト1位指名を受けます。

子供の時からジャイアンツファンであった清原選手にジャイアンツから1位指名があるものだと思っていましたが、なんと親友の桑田真澄投手を1位指名したのでした。

早稲田大学に進学すると公言していましたので、どこの球団も指名をしませんでしたが、ジャイアンツの一本釣りみたいな形になりました。

テレビで悔しさをこらえて目を真っ赤にしている清原選手に同情や応援が多くありました。

引用元:https://blogs.yahoo.co.jp/koh_hotta/65365401.html

そして1位指名した西武ライオンズに入団したのでしたね。

引用元:https://geinou-news.jp/articles/%E6%B8%85%E5%8E%9F...

母親から「悔しかったら、グランドで晴らせ」という言葉に動かされてのことでした。

プロに入ってすぐの春のキャンプではプロの洗礼を受けます。オープン戦では全く打てませんでした。しかし、ジャイアンツから振られた悔しさを晴らすため、打撃フォームの改造に取り組み、1年目から活躍をします。

その年、西武はパリーグ優勝を果たし、もう中心選手になっていました。終わってみれば打率0,304・本塁打31本・打点78という高卒ルーキーとは思えない活躍、成績でした。その年の新人王になっています。

翌年、多くの野球ファンが記憶に残っているジャイアンツとの日本シリーズ、9回ツーアウトになったところでファーストを守っていた清原選手が涙に暮れて、試合が一時中断、その後スリーアウトになって西武が日本シリーズを制しました。

引用元:https://www.youtube.com/watch?v=LNpOO36O6sk

母親から言われたジャイアンツに対する悔しさを晴らした瞬間でした。チームメートやファンからは「美しかった涙」と称えられました。

その後の清原選手の西武での11年間の活躍は皆さんの知ってのとおりです。

そして憧れであったジャイアンツで9年間、最後はあのオリックス・仰木彬監督からのラブコールで2年間を過ごし、現役引退となりました。

プロ通算22年間、2122安打、通算打率0,272・打点1530・本塁打525という輝かしい成績でした。

参考記事   ↓

清原和博のイケメン息子は慶応を退学して野球は辞めたのか?舎弟の元木の最新情報が気になる?!

2016年2月、清原選手が薬物使用疑惑で逮捕されてしまいました。これにより本人はもちろん家族も大打撃を受けてしまいました。激愛されていたイケメン息子さんたちはどうされているのか?慶応を退学して、おまけ ...

続きを見る

清原和博が七三分けのまるで別人のようになった理由は?薬物をする気にならないのはどういう理由からか?

覚せい剤取締法違反で逮捕されて、2016年5月に懲役2年6カ月、執行猶予4年の有罪判決を受けた清原和博さん(49)が、6月29日発売のスポーツ専門誌「Number」で取材に応じています。  清原さんは ...

続きを見る

まとめ

  • 5大会連続甲子園出場という奇跡を成し遂げ、特に甲子園大会通算13本塁打はおそらくこれから誰も抜くことは出来ない記録ではないでしょうか。
  • その奇跡を生み出した要因はもちろん清原選手の才能・努力だと思いますが、桑田真澄投手とのKKコンビがあったからだと思います。
  • 甲子園通算成績は91打数40安打、打率0,440・打点は29・本塁打は13本です。 高校での公式戦通算本塁打は64本です。 
  • プロに入ってからも期待どうりの活躍で、プロ通算22年間、2122安打、通算打率0,272・打点1530・本塁打525という輝かしい成績でした。

いずれ、どんな形であれ野球界に復帰して今度は指導者としての姿を見たいものです。多くの清原ファンはその時を待っていると思います。

スポンサーリンク

-男性アスリート

Copyright© off time , 2018 All Rights Reserved.