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松井大輔の2017年現在の活躍の場はジュビロ磐田!ポーランド2部へ海外移籍して成功できる見込みは?

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サッカー元日本代表MFで2017年現在、Jリーグ1部・ジュビロ磐田で活躍する松井大輔選手が海外ポーランド2部オードラ・オポーレに完全移籍することになりました。35歳という年齢から今更なんでと思う人も多いと思います。しかも2部です。

引用元:https://gunosy.com/articles/aauiD

何故海外移籍までするのか?そして成功できる見込みはあるのか?
そのあたりを探っていきます。

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松井大輔の2017年現在の活躍の場はジュビロ

これまでの松井大輔

高校サッカーの名門、鹿児島実業高校を卒業後、J1リーグの京都パープルサンガに入団する。あの三浦知良に憧れての入団です。 京都パープルサンガでは1年目から活躍し、チーム初となる天皇杯での優勝に貢献しました。

その後フランスの2部リーグ「ル・マンUC」にレンタル移籍をし、2部から1部への昇格に大いに貢献し、その活躍から完全移籍になりました。

その後同フランス1部「ASサンテティエンヌ」に移籍、そして出場機会の多い「グルノーブル・フット38」に移籍、2010年には念願であったワールドカップ南アフリカ大会に選出され、全4試合にスタメン出場し、活躍しました。

途中ロシアのFCトム・トムスクにレンタル移籍するものの、再びグルノーブル・フット38に戻りました。

その後フランスのディジョンFCO、ブルガリアのPFCスラヴィア・ソフィアに、その後ポーランド1部のレヒア・グダニスクに移籍、2014年からは日本のJ1リーグジュビロ磐田に復帰した。プロ入団後の経歴を記しておきます。

  <プロ経歴>

  • 2000年 - 2004年京都パープルサンガ
  • 2004年 - 2008年 ル・マンUC
  • 2008年 - 2009年 ASサンテティエンヌ
  • 2009年 - 2011年 グルノーブル・フット38
  • 2010年9月 - 同年12月 FCトム・トムスク (レンタル移籍)
  • 2011年 - 2012年 ディジョンFCO
  • 2012年 - 2013年 PFCスラヴィア・ソフィア
  • 2013年 レヒア・グダニスク
  • 2014年 - 2017年8月 ジュビロ磐田
  • 2017年8月 - オードラ・オポーレ(ポーランド2部)

ご覧のように海外での活躍が長いようです。10年間で7チームにいました。そして2014年からジュビロ磐田に復帰しました。そして今回のポーランド2部・「オードラ・オポーレ」に移籍が発表されました。

ジュビロでの松井大輔

2014年からジュビロ磐田に復帰します。開幕からゲームキャプテンをしていましたが、監督が名波浩に代わると前田遼一に代わりました。

このシーズンはレギュラーとして出場するも、その後はサブメンバーになるが、裏キャプテンとして名波監督からの信頼は厚いです。

なんといってもジュビロをJ2からJ1に昇格したことに大きく貢献しました。

 

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ポーランド2部へ海外移籍して成功できる見込みは

ポーランド2部・オードラ・オポーレとはどんなチーム

ポーランドのサッカーリーグ1部は、「エクストラクラサ」と呼ばれています。現在、1部のエクストラクラサには16のクラブが参加しています。

このポーランドの2部リーグに所属するオードラ・オポーレとは設立は今から72年前の1945年。ホームタウンはポーランドの南西部に位置するオポーレという街にあります。 スタジアムの観客収容人数は5,500人と非常に小さなクラブチームのようです。

引用元:http://www.nissho.or.jp/2015/01/shonenshobo-olympi...

引用元:https://www.tripadvisor.jp/Tourism-g2423098-Opole_...

何故海外移籍を

松井選手がジュビロ磐田公式HPで発表したコメント全文をご紹介します。

この度、ポーランドリーグ2部のチームに移籍することが決まりました。シーズンの途中でこのような報告をすることになり、心苦しいところもありますが、いま勢いのあるジュビロをみて、僕もつぎに進みたいと思い決意しました。

ジュビロで過ごした3年半、とても楽しくサッカーすることができました。チームの雰囲気はアットホームで居心地よく、サポーターの方々も温かかったです。静岡という土地も大好きです。監督をはじめスタッフのみなさん、サポーターのみなさんには感謝しかありません。

この年齢での海外移籍は、無謀と言われるかもしれませんし、失敗するかもしれませんが、挑戦すること、挫折することは自分の財産になると僕は思っています。 自分の道は誰も歩めない。 前進あるのみ。

要するにジュビロ磐田での自分の役割は終えることが出来た。若手も育ってきているのでこのチームはもう自分がいなくても大丈夫。このままサブメンバーで終えてしまうことよりも、もう一度フル回転して燃え尽きたい。その場所がたまたまポーランドであったということ。

成功できる見込みは?

小さなクラブなので、中心選手となる可能性は高く、もしかして1部昇格というのも無いことはありません。しかし、成功というのは何をもって言うのか。それは松井大輔選手自身が決めることだと思います。

結果がどうあれ、このことに挑戦すること自体が松井大輔選手にとっては成功なのかも知れません。

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まとめ

  • 松井大輔選手は京都パープルサンガから海外7チームを10年間渡り歩いてきました。特に2014年ワールドカップ南アフリカ大会では大活躍しました。
  • 何故、海外移籍したのかと言うと要するにジュビロ磐田では若手が育ち、自分がいなくても大丈夫なチームに成長したので、引退前にもうひと踏ん張りしたい、燃え尽きたいということだと思います。
  • 成功するとは他人の評価は活躍することだが、松井大輔選手にとってはもう一度フル回転することだと思います。

いずれにしても怪我無く頑張って燃え尽きてほしいものです。

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